チョコと甘さの相関関係







 冬の寒さが一番厳しい時期、僕の誕生日がやってくる。

 僕は雪国育ちだから、僕の名前『悠季』と言うのは、きっと春を待っている父さんや母さんたちの気持ちが入っているんじゃないかと思う。

 図らずも僕の生涯を共にと誓ったパートナーはとてもロマンチストで、折りあらば僕に花を贈ってくれる。男が男に花をプレゼントするなんて、普通じゃありえないよね。

・・・・・まあ、指揮者なんて職業上、花に触れる機会が多い事は確かだけどね。

 僕の誕生日のすぐ後には、バレンタインデーというイベントが控えている。

 日本ではチョコレートメーカーの陰謀からか、女性が男性にチョコレートを贈る習慣が出来上がっているけど、欧米では好きな人に花を上げるのが普通なんだそうな。

 だから、圭は僕に花をくれる。

 でも、数年前にウィーンのアパートで、以前圭が付き合っていたという悪友さんたちから赤い薔薇の花束を贈りつけられて以来、彼が僕にくれる花束は赤い薔薇は無くなって、百合とかの白いものが多い。

・・・・・僕は気にしてないんだけどね。

「悠季。今度のバレンタインデーのスケジュールはどうなっていますか?」

「えーと。火曜日だから大学の講師稼業が入ってるよ。それに、その晩はフジミがあるし」

「でしたら、フジミの後でしたら都合はいかがですか?」

「水曜日は大学はないから付き合うよ。でも、何を企んでいるんだい?」

「それは、当日のお楽しみと言う事で」

 圭はそう言って、いかにも企んでいますって顔で笑って見せた。



ところが、事態は圭の思っているようにはいかなかった。

はじまりは、二月の特別公演で招聘したゲスト指揮者が突然来日出来なくなったことだった。

理由は奥さんの妊娠。

妊娠したのが当人ではないのなら、問題はないだろうと思うのは日本人らしくて、むこうでは奥さんを大切にするから、そんな理由もまかり通るらしい。

もっとも、奥さんの妊娠は妊娠中毒の症状が出てしまったために、しばらく病院で安静にしなくてはならないとなれば、旦那さんとしては心配で海外になんていけないと思ったのだろうけど。

問題はその穴埋めをどうするか、だった。

他の指揮者を招くことも考えたらしいけど、今回演奏する予定の曲が難しいらしくて、あちこちに打診しても断られたんだそう。

・・・・・で、以前 圭はこの曲を振ったことがあったんだ。

圭は自分がプログラムの一つを指揮することを盾にして、依頼を一度断ったんだそうだけど、事務局からの申し出が魅力的だったと言って、とうとう承諾することになってしまったんだ。

ついでに言うと、演奏の日にちは2月15日のマチネー。

圭はこの前後のスケジュールを僕との予定のために空けておいたのを事務局が知っていたのが運の尽き。予定があると言って断るわけにもいなかったんだ。

 だからその前日のバレンタインデーも、この公演リハーサルがあるので、僕との予定は全てボツになった。


「事務局からの申し出って何だったんだい?」

「それはもちろん決まっていますよ」

 僕は嫌な予感がした。

「もしかして、また僕との競演を申し込んだ?」

「はい」

 予感は的中。だけど、なぜ僕の都合も聞かずに承諾してしまうんだか!

僕は怒って圭に噛み付いた。

「どうして僕の都合を聞かずにそんな重大な事を決めてくるかな!最初に僕にやるかやらないか聞くのが先だろう?」

「ですが、こういうチャンスというのは来た時に掴みませんと二度と来ないものです。チャンスの神の前髪はあっという間に手の中からすり抜けていくものですからね」

 そんなジョークで僕をごまかされるものか!

「そんなことを言ったって・・・・・!」

「演奏は四月で、宅島に君のスケジュールを確認済みです。曲目はブラームスのコンチェルトです。フジミで一度されていますから、十分間に合いますよ。いかがでしょうか?」

「・・・・・いかがでしょうか、って言ったって今更僕が断ることも出来ないんだろう?」

「どうしてもと言う事でしたら、断ることも出来ますよ。ですが、僕としてはぜひこの曲を君ともう一度やりたいと思っているのですが・・・・・」

 内心で断られるのではないかとはらはらしているのが分かるような顔で、圭は僕を説得しようと試みている。

「・・・・・当分君が夕食当番」

「・・・・・は?」

「だから、僕に黙って決めてきちゃった罰。それでOKするよ」

「ありがとうございます」

 いかにもほっとした様子で圭は言った。

それからが大変だった。自分の演奏スケジュールの中にもう一つのプログラムが入ったわけだから勉強だって増えてしまう。前にやったからって何もしなくていいわけじゃない。

 圭は夜遅くまでピアノの前から離れないもので、僕はからだを壊すんじゃないかと思ってはらはらしながら見てた。


そうしてやってきた2月15日。

ベートーヴェンのように圭にとって白眉とまではいかなくても、十分満足させてもらえる出来の演奏を聴かせてもらって・・・・・。

また帝国ホテルに圭を担ぎ込む事になってしまった。今度は宅島くんと二人がかりなんだからまだましだったけど。圭が爆睡して起きたのは夜になってからだった。

「やあ、起きた?」

 圭は起き上がるとあわてて時計を見て、がっくりと肩を落とした。

「失敗しました。君とディナーを共にして、計画を実行できなかったせめてものお詫びとしたかったのですが・・・・・」

「え?!もしかして予約してあったとか?」

「・・・・・はい」

 圭は情けなさそうな様子で言った。

「それならもっと早くに君を起こせばよかったね。・・・・・悪かったよ。失敗した」

「いえ。僕がきちんと起きればよかっただけのことです。もしかして君はもう夕食は済まされましたか?」

「うん。この近くにあるラーメン屋さんにね。いきなり『お帰りなさい!』なんて言われたんでびっくりしたよ」

 そう言って笑うと、圭はあからさまにふくれた。本当はよほど念入りに計画していたらしいと推測は出来るけど、僕としてはあまり盛大なイベントで盛り上がられてもねぇ・・・・・。

「ところで君、何か夜食でもルームサービスでとる?」

「・・・・・ええ。ワインととサラダと何か二人でつまめるものをとってください」

「それから最後にお茶漬けかい?分かった。えーと・・・・・」

 僕がフロントに電話をかけてから振り返ると、不意に圭が僕のからだをベッドに掬い上げてキスしてきた。

「ち、ちょっと、圭っ!・・・・・ん・・・・・ん・・・・・んふぅ・・・・・」

 君とのキスは歓迎だけど、こんな突発はちょっと困るぞ。腰が蕩けていくのがミエミエなのがとても恥ずかしい。

「チョコレートの味がしますね」

「え?」

「甘いです」

 僕は一気に赤面した。

「・・・・・それってさっき僕が飲んでたホットチョコレートだ」

 外は寒かったから、テイクアウトで買ってきてソファーで飲んでいたんだ。

「僕へのバレンタインデーのプレゼントのつもりかと思いましたが?」

「ばかっ!」

 あわてて僕がベッドから起き上がろうとすると、圭は本格的に僕のからだを更に押し付けてきた。僕の下腹のあたりには熱くて固いものが当たっている。

「そろそろ我慢が出来なくなっているのですが・・・・・」

 そう言いながら、圭は僕の唇に悪戯を仕掛けてくる。

 そっと舌で唇を舐めたり、軽くついばんでみたり・・・・・。

 ふっと僕が吐息をもらすと、その隙を利用してするりと舌を差し入れてくる。僕の舌と絡めあって、ぴちゃりなんて水音がした。圭も感じているんだって息の荒さで分かるのが僕を余計に煽る!

 圭の舌は更に大胆になってきて、僕の舌を絡めて圭の口へと誘ってきた。

 僕が舌を差し出すと、甘噛みしたり、強く吸ったりして僕を更に蕩けさせてくれる。いつの間にか圭の手は僕のシャツの中へともぐりこんでいて、僕のわき腹や乳首を愛撫して僕を昂ぶらせていて・・・・・!

「こんなチョコレート味もいいですね」

 嬉しそうにそんなことを言われてもねぇ。

「今度は違う味も欲しいのですが・・・・・」

 圭がそう言って、するりと僕のズボンへと手を伸ばして、中にもぐりこんだところで、



 ピンポーン!



 ドアホンの機嫌のいい音がタイミングよく僕たち行為を中断させた。

「ほら、ボーイさんが待ってるって!」

 僕はあわてて圭を押しのけると、ドアを開いてワゴンを押してきた元気そうなボーイくんを中に入れた。

 圭は、むっつりと不機嫌。

「それから、こちらが届いておりました」

 一人のボーイ君テーブルに注文の食事を並べ、もう一人が僕に花束を渡すと、二人して出て行った。

 それは圭が僕宛にくれる予定の花束だったらしい。

「これが届いただけでもましでしょうか」

「ありがとう。とても綺麗だね」

 今回僕にくれた花は、淡い春の花を数多く集めた花束だった。

「『春を想う。』というのがテーマだそうです。フラワーアレンジメントの専門家に依頼したものなのですよ」

「へぇ?それって楽しいね。すごくいい匂いだ」

 だけど、あまりタイミングが気に入らなかったのか、圭はまだどこかすねている。


仕方がないなぁ。


僕は圭の膝の上にまたがって乗ると耳元にささやいた。

「今夜は君の望むままにするよ。僕がちゃんと甘やかしてあげる。
・・・・・だから、ね?」


「・・・・・それは嬉しいですね」

「ちゃんと食事をして、シャワーを浴びて。・・・・・それからだ」

「はい」

 圭の頭の中には、あれやこれや僕をどう料理するか様々な方法が並べられているんだろうけど、それは聞かない方が利口ってものだろう。

 圭が美味しそうにお茶漬けを食べている横で、僕はお茶を入れながら密かにため息をついていた。

 そのため息には、今夜は思いっきり圭に抱かれるんだろうという期待と、明日は起きられないかもしれないというほろ苦さが混じっているんだけどね・・・・・。


やれやれ・・・・・。












大急ぎで書いたもので、あまり出来がよくありません。
どうして、甘いシーンへなだれ込む前の方が長くなってしまうのか・・・・・。(泣)

途中出て来るラーメン屋さんは実在します。
帝国ホテルの近くにある、Hラーメン。
本当に「お帰りなさい!」と言って迎えてくれます。(笑)






2006.2/14 up